歩歩是道場(ほほこれどうじょう)

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ある修行僧が、騒がしい街中では修行ができないと、どこか静かで穏やかな場所にある修行道場を探して歩いていました。
そこに、郊外から街中に入ろうとする維摩居士が歩いて来ました。修行僧は尋ねました。
「どちらからいらしたのですか?」
「私は今、修行道場から来たところです。」
「えっ! その道場はどこにあるのですか?」
その問いに、維摩居士が答えたのが、「直心是道場」です。
一日の一歩一歩が、そのまま道場であるという教えです。
今いる場所をどのように活かすかは、環境やそこにいる人によるものではありません。たとえどんな場所であっても、活かすことができるのです。大本山だけが道場ではありません。道を歩く日常生活そのものさえも、修行道場にしてしまうことができるのです。
どんな場所でも学びの場です。
すべては、自分自身の受け止め方次第なのです。

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