自未得度先度他(じみとくどせんどた)

自未得度先度他(じみとくどせんどた)ー人が幸せになることをまずはやるー
「自未得度先度他」とは、自分は渡らずに、他の人を先に渡すこと。道元禅師が『正法眼蔵』の中で述べていることです。
 渡すのは、向こう岸、つまり、彼岸です。船に人を乗せ、自分は一生懸命に漕ぎます。漕いで向こう岸に着くことができたら、船に乗せてきた人たちを下ろします。そして、自分はまたこちらの岸に戻り、待つ人たちを乗せて川を渡るのです。自らは、ついに川を渡ることはありません。自分より人、人が幸せになることをまずはやるのです。
 自未得度先度他の心を起こすことを「発心」といいます。発心した人は、さらに多くの人たちに自未得度先度他の心を起こさせることが求められます。
 渡った先にあるのは、幸せだと考えることもできます。迷いのない世界だと考えていいかもしれません。自分だけでなく、迷いのない世界へと導くことができる人がひとりでも多く生まれるように願ってサポートを続けるのです。

歩歩是道場(ほほこれどうじょう)

ある修行僧が、騒がしい街中では修行ができないと、どこか静かで穏やかな場所にある修行道場を探して歩いていました。
そこに、郊外から街中に入ろうとする維摩居士が歩いて来ました。修行僧は尋ねました。
「どちらからいらしたのですか?」
「私は今、修行道場から来たところです。」
「えっ! その道場はどこにあるのですか?」
その問いに、維摩居士が答えたのが、「直心是道場」です。
一日の一歩一歩が、そのまま道場であるという教えです。
今いる場所をどのように活かすかは、環境やそこにいる人によるものではありません。たとえどんな場所であっても、活かすことができるのです。大本山だけが道場ではありません。道を歩く日常生活そのものさえも、修行道場にしてしまうことができるのです。
どんな場所でも学びの場です。
すべては、自分自身の受け止め方次第なのです。

初音

初音
鶯は冬の間、只「チッ、チッ」と鳴くばかりだが、時節因縁がくると突如に「ホーホケキョ」と鳴きます。これには誰もが驚く。しかし、一番驚いたのは当の鶯にちがいない。これは、決して自分で鳴くのではない。云わば、宇宙の命がほとばしるのだ。
そう云えば、お釈迦様は悟りをひらかれた時、「天上天下唯我独尊」(尊い尊い自分が宇宙に満ち満ちている!)と叫ばれたというが、あれは、お釈迦様の初音だったんだなアー。

   天上天下唯我独尊初音哉

(注:笹鳴きを笹子の声というのは誤りで、冬の鶯はみな成鳥です。) 井本光蓮

合掌の精神

人間禅四国道場の先輩である井原澄徹老居士の著書『河童毒言』より

「合掌の精神」
耕雲庵老大使は「合掌」を次の3点に要約されています。
真理に合掌する   (正しく 法)
自己に合掌する   (楽しく 仏)
おたがいに合掌する (仲よく 僧)
まず、「真理に合掌する」から多少、蛇足を加えさせていただきます。「真理」とは、天地に先立って生じているもので、人間が創造したものではないことはご承知でしょう。日月星辰の運行、春夏秋冬の変化、生老病死の事実。花が咲き、鳥が鳴くのも「真理」のあらわれです。是非善悪は人間中心の規則で、そのまま「正しい」といえないのは、戦争一つ例に考えれば、明らかです。環境汚染、公害などの問題も同じでしょう。何が正しいか、何が真理なのかを見極めない盲動は、人類破滅の方向に突進する危険性を多分にもっています。「赤信号、みんなで渡れば」式ではなく、バカ正直と笑われようと、立ち止まる勇気が必要だ、と思います。政治・経済ばかりでなく、身近な家庭・職場・育児などの面でも「金剛王宝剣」をふるう大勇猛心が大事でしょう。それが「真理に合掌する」第一歩だ、と思います。
次に、「自己に合掌する」。中国、宋時代の大詩人・蘇東摑が、合掌して立つ観音様に疑問を抱き、質問しました。「観音様は、いったい、どなたに合掌して?」師の仏印和尚はただひとこと。「ただ、観音の御名を念ずるのみ」。観音様は観音様に合掌するのです。自己に合掌するのは、この精神なのです。「主人公」に合掌するのです。「主人公よ!」と自分で自分に呼びかけ、「煋々着!(他にまどわされるよう、しっかり目をさませておれよ)」と自省自戒を繰り返された師彦禅師の故事を思い出してください。自分の弱気や怠け心も「他」です。だれもが本来持っている「天上天下唯我独尊」の仏性に合掌するのです。「他に求むるは、自らに求むるに如かず」「天は、自ら救う者を救う」そんな言葉も思い出されます。自分を本当に愛するのなら、自分に合掌して、自己を最大に生かすべく最善の努力をすべきです。それこそが本当の「楽しさ」でありたいものです。
三つ目の「おたがいに合掌する」は、上記二つを考えていただければ、おわかりでしょう。おたがいの等しくそなわっている「仏性」に合掌しあうのです。おたがいの人権を尊重しあうことなのです。「僧」とは、お寺のお坊さんだけをさすのではなく、ここでは「和合衆」と訳され、植物・鉱物・動物も含めた「仲間」が適切だと思います。
以上、「合掌の精神」の概略を述べさせていただきました。合掌

竜穏庵老師 平成31年年頭垂示

平成31年1月5日(土)18:30~ 四国禅会 新年互礼会 竜穏庵老師垂示

明けましておめでとうございます。年頭にあたり少しお話をさせていただきます。
正月一日の良寛和尚の手紙を読んでみます。
「是はあたりの人に候。夫は他国へ穴ほりに行きしが、如何致候やら、去る冬は帰へらず、こどもを多くもち候得ども、まだ十より下なり。此春は村々を乞食して其日を送り候。何ぞあたへて渡世の助にもいたせんとおもへども、貧窮の僧なればいたしかたもなし。なになりと少々此者に御あたいくださるべく候。正月一日」
これは良寛和尚を最後までお世話をした豪農の親友、解良叔門という人に当てた手紙です。正月の手紙ですけれども、おめでとうとかいう挨拶はなしに、いきなり夫は他国へ穴掘りにでかけたけれども、いつもなら正月に帰ってくるのに帰ってこなかった。年は十より下の子どもが多くいるが働きはない。この春は村々を乞食して送っている。こういう地獄の底から出てきたような女の乞食ですね。何にも与えるものがないから、この手紙を持って解良叔門の所へ行きなさい。解良家は豪農ですからどういう扱いをしたか分かりませんが、この女の人は地獄の底から良寛の所へきて仏様に会ったようになったんですね。この手紙が今も解良家に残っています。言いたいことは、今拝読しました立教の主旨の中に第一の自利利他の願臨を廻らして本当の人生を味わいつつ、世界楽土を建設するのが目的なんだ。世界楽土というのは遥か彼方にあって手の届くようなものではないと思いがちなんですが、こういうふうにこの女の乞食のように地獄から世界楽土のど真ん中に出てきた、そういうふうな喜びがあったと思います。実際には自分らの脚下から世界楽土への道が続いているということを言いたかったんです。
この時分には皆貧しいものですから、こういう手紙もあります。
「寒天の節、如何お暮し候や野僧無事に過ごしおり候。もめん衣なくいたし不自由に候。もめん二反墨染めになし遣わさるべく候。ひとへに願入候。十月五日」
これは木綿の衣なくして不自由にしているからどうぞ墨染めにしてお送りください。この書簡は良寛の和歌と関係がありそうだと相馬御風氏がいっています。
「神無月の此、蓑一つ着たる人の門に立ちて物乞ひければ、古衣ぬぎすててとらせぬ。その夜あらしのいと寒う吹きたりければ、いづこにか旅寝しるらぬばたまの夜半のあらしのうたて寒きに」
という良寛の歌にこれがついておるということです。裸の上に蓑だけ来て物乞いにきた男がいて、良寛はその場で自分の衣を脱いでその者に与えた。そのために寒く不自由になってこの衣の無心の手紙を書いたんということでしょう。十月五日は神無月、今の十一月ですね。
 もうひとつ読んでおきましょう。解良叔門の息子だと思いますが、解良栄重という人が良寛禅師奇話というものを書き残しておりまして、その中に載っている実話です。
「盗あり。国上の草庵に入る。物の盗み去るべきなし。師の臥蓐をひきて、密かに奪んとす。師寝て知らざるもの、如くし、自ら身を転じ、其ひくにまかせ盗み去らしむ。」
盗人が入った、良寛のいた国上山の五合庵に。庵の中には何にも盗むものはない。良寛和尚の寝ている布団を引っ張って、寝ているのを起こさずに布団だけを奪おうとしている。良寛は眠っているふりをして、ごろりと身を転じて布団を盗ましてやった。この時分は皆貧しいものですから良寛和尚は自分の出来ることを全力でやるわけですね。それが自利利他の願臨を廻らすということになると思います。我々の場合は、乞食が訪ねてくることはなくなりましたけれども、道場へ来る方というのは心に悩みのある人です。維摩居士が、「衆生病むがゆえに我病む」衆生が病んでる間はこの病気は治らないといわれたそうです。そういう心が病んでいる人が来るわけです。そういう人に対して何をしたらいいのかいうことを、工夫してほしいと思います。さしあたりは数息観を説くということ、実際に数息観のありがたみが身に染みて分かっている者であればそれができるはずです。もう少し進んだ人には参禅を進める。本当に参禅してよかったという喜びを知っている者ならそれができるはずです。
この修行は必ずしも人数によるものではありませんが、支部になるためにはもう少し人が欲しい。そういうことを心がけてほしい。入門した人が一人も来ないということは、反省しなければなりません。今年はしっかりやりましょう。はい。